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軽井沢、佐久、小諸のギター・ウクレレ教室「アリスギター・ウクレレ教室」

未経験・初心者に女性講師がやさしくウルトラ丁寧なレッスンをします。軽井沢、佐久、小諸のギター教室です
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表現者として成長

最近、来年の明確な目標について考える機会がありました。

いつも漠然としているわけですが、
目標を書いてみる紙を目の前に、いざ具体的に自分の願望について考えてみました。

お金がほしいとか、
髪をサラサラにしたいとか、
ギター教室の生徒さんを増やしたいとか、
ギターが上手くなりたいとか、
家族みんなが幸福でありますようにとか、
友達の幸せとか、

まぁ、それこそ漠然と並んでいたわけですが、
まずは一番強い願望を考えてみました。

う~ん、やはりギターの上達でしたね。

これはもう20年以上の願望であるので、それこそ根が深いのですが、
その割には、何をさして「上達」と呼ぶか、
具体的なイメージができていなかった部分があります。

とりあえず目下の目標としてのフレーズ、テクニック、曲はあっても、
私が本心で目指しているのはアレが出来る、コレが出来るではないもので、
表現者としてのギター上達なわけです。

YOU TUBEなどで見る超絶テクニックの方々、
いやぁ、本当にすごいと思います。
凄いんですが、「こーゆーテクニックを披露している」
と言う部分のみで、表現者としてその奥にある
「何が伝えたいか」っと言う部分が全く伝わってきません。

「俺こんなに出来るんだよ凄いだろ~」
しか見えないわけです。

いや、凄いですよ、凄いです。
凄いのですが・・・。

っと、そうゆう心持なので、
私としては超絶テクニックを極めるとかではなくて、
自分が客席にいたと想定して、
自分の弾いているギターで感動できるか?

っという視点が重要な気がしてきました。

要は、自分のギターを自分がどれだけ好きになれるか、
満足できるかってことなんですが、
そこには見えないリスナーやその他の人々は関係なく、
自分自身がどう思うかが大事だと思うわけです。

他人の評価や批評を気にしてギターを弾いて、
「こうゆうプレイはウケがいい」とか、
「最近はこうゆうフレーズが流行っている」とか、
「こうゆうの弾くと上手いって思われるかも」とか、
「より目立つためにはどうするか?」とか、

このような思考が少しでもあるうちは、
私が本当に目指すギタープレイにはたどり着けないのではないかと気付きました。

リスナーを置き去りにするという意味では、
まさに自己中の極みではありますが、
自分が真に自信を持って「コレだ!」っと言える演奏でなければ、
人前で演奏するなんてそれこそ「どーなの?」っと思います。

自分が本当に心から自信を持って「コレだっ!」って演奏できて初めて、
そこから、他人の評価や批評を受け入れて行くことが始まると思います。

妥協したギターを弾いているうちは話にならんと思います。
「練習する時間がないから」
「才能がないから」
「機材がないから」
「メンバーがいまいちで~」

いやいや、関係ないですね。
全部自分で選んだ結果ですから。
練習時間もメンバーも機材がないのも。
それこそ才能がないとか、誰が決めたのでしょうか?自分が自分で決めたことですよね?

今できるコトを精一杯やる!
(どこかで言い訳してる自分がいつもいるパターンが多かったので)

来年は自分への戒めを含め、
過去から学んだ様々なことを力に変えて、
自分が思い描く表現者をより具体的にイメージして、
そこに向かって行きたいと思います。

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